ここからしか見えない京都
  

宴席から仕出し、おばんざいまで 「ハレ」と「ケ」をめぐる京の食文化<後編>

京都に暮らすうちに、料亭やレストランでいただくごちそうばかりが「ハレ(祝い事や祭り、行事)」の食事ではないと気づきました。それが「仕出し」です。
(BS11『京都画報 初夏・京料理を支える匠の技』より)

前編から続く

お食い初めに運動会に、暮らしに溶け込む「仕出し文化」

季節の食材、澄んだだし、フカヒレなど和食の域を超えた素材を巧みに組み合わせる「木乃婦(きのぶ)」の料理

私の息子のお食い初(ぞ)めの時、京都人の義母が、お赤飯と尾頭付きの鯛(タイ)を仕出屋に頼んでくれました。私が住んでいるところは義父母の地元で、聞けば昔から時々頼む仕出屋だとか。こんなこともありました。京都では、学区の住人の交流を目的とした「区民運動会」が毎年秋に開催されます。町対抗で、老若男女が綱引きやリレーといった競技に一日汗を流す。そこで、昼食に出されたのが仕出屋のお弁当でした。京都の人は誰しも、なじみの仕出屋を一つ二つ持っているものなのかと感心しました。注意して街を見てみると、どの地域にも商店街にも、必ず小さな仕出屋があるのです。

現在は収容200人を超える大箱料亭となった「木乃婦」。1935年(昭和10年)に仕出し専門店として創業した

うつわの竹かごを手ずから、「ケ」の場に「ハレ」を届ける

ワインに合う会席料理や和の食材にとらわれない斬新な献立で知られる「木乃婦(きのぶ)」も、元はたった十畳の仕出屋からスタートしたといいます。3代目・高橋拓児さんが「桜を愛(め)でるような」という得意先の注文に際し、うつわとなる竹かごを自ら仕立てる姿には驚きました。

得意先からの「桜を愛でるような」というテーマに対し、自ら竹かごをこしらえる3代目・高橋拓児さん

松花堂弁当の中に竹かごをあしらい、筍(タケノコ)の皮を小皿に見立て、桜の花を添える。それだけではありません。竹かごにフタをするようにかぶせた桜の葉を、ひらりとめくって食するというサプライズが仕掛けてあるのです。

竹かごに、野山から春の食材を採ってきたかのような風情。上に重ねてある桜の葉は、最初はかご全体にかぶさっており、一枚めくるたびに桜の香りが立つ

料理人が客人のために心を尽くした「ハレ」の料理であることは言うまでもありませんが、食べる人の望む場所へと、それを届けてくれるのが「仕出し」。茶事や法事など改まった席のケースもあるけれど、自宅や職場、地域の集まりといった、注文する人の“ホーム”であることも多いでしょう。日常的な場所だからこそ、「ハレ」の料理が届けば「わあっ」と歓声があがります。

高橋さんが「特別なお客様」と語った仕出し先は、帯の老舗「誉田屋源兵衛」。ハレの食事のもてなしに顔がほころぶ

お品書き、色、しつらえ…仕出しとは、工夫して作り出すこと

ケータリングやお弁当、保存食を作る料理人の友人が話していました。「仕出し」には、出前や出張料理という意味のほかに「工夫して作りだす」という意味もあると。コロナ禍でできることが限られているなか、その意味が勇気を与えてくれたと言います。ケータリングという呼び名は現代的ですが、もてなしの心意気は仕出しの時代からきっと変わりません。できたてを食べていただけないからこそ、時間が経ってもおいしい味付けを工夫する。弁当箱を開ける所作や、お品書きの言葉選び、季節を伝える色やしつらえなど、届いてから食べるまでの一つひとつを工夫する。「ケ(日常)」の場に「ハレ」を咲かせるために。

「木乃婦」御用達の「斎造酢(いつきぞうす)」の酢は、高橋さんが「だし」とたたえるほど風味豊か。時間が経ってもおいしくいただける酢飯や酢の物に欠かせない

京都の人は、「ハレ」と「ケ」をきりりと区別しています。身内だけのお祝い事や小さな行事でも、家庭料理ではなくプロの味でもてなすことで、喜びの気持ちを伝える。けれど、「ハレ」と「ケ」が光と影のように相反するものだとは、きっと思っていないでしょう。祭りに、行事に、大切な人のもてなしやお祝いに、とびきりの「ハレ」の食卓を整えて願うのはいつも、淡々と続く「ケ」の日々の平穏です。

新緑のみずみずしい鴨川。ここも、京都の日常を感じる風景の一つ

旅をして出会うのは、京都の「ハレ」の顔かもしれません。けれど、晴れやかな場面に込められた、人の思いと培われた文化に目を凝らせば「ケ」の京都もきっと見えてくる。ここに登場する人々の言葉や仕事、営みが、より深く京都を味わうためのヒントになるのではないでしょうか。

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travel
「京都ゆるり休日さんぽ」より転載
(掲載日:2021年6月14日)