毎年5月に催行される「葵祭(賀茂祭)」。前回のお便りでは、その葵祭の中の御神事のひとつ、5月15日の「路頭の儀」と、造り花の装飾が施された風流傘のことを書かせていただきました。今回のお便りでは、今年、下鴨神社にてご縁を頂き、初めて拝見いたしました御神事「社頭の儀」と、お祭りの名前にもなっている「フタバアオイ」のことをお便りできたらと思います。
さて、そもそものお話になりますが、葵祭の「葵」とは、葵という名の植物、中でも、背の低い多年生草本であり葉のかたちがハート形の特徴を持つ「フタバアオイ」の葵のことです。
日本最古とも伝えられるこのお祭りは、もともとは、「賀茂祭」と呼ばれていて、葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代のこと。霊元天皇による再興後から葵の葉を飾るようになり、「葵祭」と呼ばれるようになり、それが定着したそうです。
フタバアオイの葉は下鴨神社のご神紋でもあります。一度でも下鴨神社を参拝されたことがある方は、葵祭の時期に限らず、この可愛らしいハート形のフタバアオイの葉がふたつ重ねてデザインされた紋様を、境内の各所で使われていることに気付かれたかもしれません。もしくは、下鴨神社を参拝され、この紋様を知り、そこから、植物としてのフタバアオイを知ったという方もおられるのではないでしょうか。
また、葵(あおい・あほひ・あふひ)の「あふ」は遭う、「ひ」は太陽や神様のことを意味するとされています。
葵祭では、約1万枚もの葵の葉が使用されているそうで、例えば、前回ご紹介した「路頭の儀」で、御所車や勅使らの冠に飾られていた緑の葉も、フタバアオイの葉です。
また、葵の葉と桂の枝葉で作られた「葵桂(あおいかつら・きっけい)」も葵祭に欠かせないものです。この日、私が参拝させていただきました「社頭の儀」と呼ばれる御神事の中でも登場していました。下鴨神社境内に到着した勅使は、様々な行程を経て舞殿に座して御祭文を奉上され、宮司は、神宣と葵桂を授けます。この葵桂は、大神からの賜りものだそうです。「社頭の儀」では、途中、華やかな演舞などもありましたが、葵桂を中心として進行するこの時間が、最も厳かで神聖なものであるように感じられました。
さて、話は変わりますが、今年米寿を迎えられた下鴨神社の新木直人宮司が、戦時下の5月、葵祭の儀式の最中に上空をB-25爆撃機が通過していった出来事を忘れることができないと、ある会にて涙ながらにお話しされたことを、この美しい「社頭の儀」を拝見しながら思い出していました。
フタバアオイと爆撃機とは、なんと異様な風景でしょうか。色とりどりで、喜びと美しさしかないように思えた瞬間にも、やるせなさや悲しみ、悔しさの涙など、真反対にあるはずのものが存在をしていること。
だからこそ、自分が美しいと信じることを選択し、表現していきたい。葵祭に見た平和で美しい時間が、少しでも多くの一人一人の心のうちに、また、外側の世界へと広がり波及していくことを願わずにはいられません。平和が当たり前でないことの感謝と幸せを胸に刻みながら、千年のお祭りがこれからもこの地でいつまでも続きますようにと心からお祈りしています。