ここからしか見えない京都
  

第40回「清めの池と水の花 / 下鴨神社 みたらし祭」

京都・下鴨神社では、毎年、夏の土用の季節に「足つけ神事(みたらし祭)」が行われます。境内の御手洗池に足を浸し、無病息災を祈る夏の神事です。ひやりと冷たい水が足元を包み、その心地よさに思わず息をのみます。おまつりには小さなお子さんの姿も多く、水面にうつす笑顔が夏の光とともにきらめきます。

入り口で受け取った蝋燭に火を灯し、御手洗社(井上社)前の献灯台に供えます。水から上がると、足が魔法のようにすっと軽くなり、最後にいただく御神水の清らかで美味しいことといったら――心まで澄んでいくようです。

この御手洗池のすぐ近く、御手洗社(井上社)の真後ろに禮殿(らいでん)があります。昨年末、こちらに私の二曲屏風《水の花》を奉納させていただく光栄を賜りました。入り口正面に飾っていただき、参拝の折にはどなたでもご覧いただけます。

制作は2006年、もう20年近く前の作品です。当時は今とは作風も異なりますが、蓮や睡蓮など水に咲く植物ばかりを追いかけていました。水面に咲く花、鏡面に映る姿、そして普段は目にできない水中の茎や根。その力強さ、女性的な妖艶さや神秘性に憧れを重ねて描きました。今も変わらないのは、必ず現地で花と向き合い、写生を重ね、日本画の画材で描き上げること。特に睡蓮では、水と呼応するようにうねる茎の動きの神秘性に惹かれ、夢中で写生を重ねました。

当初は、より近年に描いた別の花の作品が下鴨神社の別の場所に納められる予定でしたが、偶然が重なり、この屏風が水辺の禮殿に迎えられることになりました。瀬織津姫様が祀られるこの場所と足つけ神事の川。そのそばに水をテーマに描いた屏風が置かれることは、今も不思議なご縁と感じます。

夏の終わり、糺(ただす)の森を抜け、川の清らかな流れに足を浸したあと、今年は、禮殿の屏風にも会いに行きました。祓い清めの水と水の花が、今以上に未熟だった自分自身、絵描きになれるなんて思ってもみなかった、でもどこかで信じたくて、走り始めていた自分自身が、時を超えて静かに響き合い、重なりあっているように思えてなりません。みたらし祭の季節に限らず、下鴨神社・井上社にお参りの際は、ぜひ水の花にも会いにいらしていただければ幸いです。

この記事を書いた人
定家亜由子
 
京都在住の日本画家。伝統画材にて花を描く。
高野山大本山寶壽院 襖絵奉納
白沙村荘 橋本関雪記念館 定家亜由子展等、個展多数。
画文集『美しいものを、美しく 定家亜由子の日本画の世界』(淡交社) 刊行。  
 

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