ここからしか見えない京都
  

四回目「憧れの京都生活。」

京都出身の夫と結婚したことで京都が身近になり、今や京都府民になった私ですが、昔から京都に深い憧れを抱いていました。
これは後付けの話ではなく、本当のことです。
もしかしたら、育った環境も関係しているのかもしれません。
北海道で生まれ育った私。実は、北海道を修学旅行以外、出たことがなく、北海道を出るのは海外へ出るのと同じくらいハードルが高いことでした。
修学旅行に行く前は、東京にも憧れていたのですが、実際に行ってみると、東京は大都会でしたが、札幌の中心部でも観る光景であり、私にとって目新しさはなかったのです。
一方、京都には北海道では見たことがない景色がありました。

北海道では見たことがない景色とはどんなところかというと、第二回のエッセイでも紹介した『貴船の川床』などが挙げられますが、何と言っても先斗町ですね。

そうです、みなさんお馴染みの鴨川と木屋町通の間にある小路です。
私は広大な土地で育ったせいか、細く入り組んだ迷路のような路地を見ると、どうしようもなくときめきます。
細い路地にお店が並んでいる先斗町は、京都に移り住む前から気になる場所のひとつでした。
テレビや雑誌に掲載されている先斗町の風景を見ては、「ああ、行ってみたい」と眺めていたものです。
ちぢ心の片隅には、「これは映し方がうまいだけで、実際はこんなに素敵ではないのかも」という思いもありました。

先斗町へは、京都に移り住んで間もなく、行く機会に恵まれました。
街中で外食をした帰りに、先斗町に行ってみることにしたのです。

自分の目で見た憧れの先斗町はというと、写真などで見るよりも情緒があり、とても幻想的でした。
二人連れ同士がようやくすれ違える細い小路は、鴨川ちどりの赤い提灯や暖色のライトに照らされ、私にはまるで夜店が連なっている縁日のように見えました。
この場に来なければ分からない独特の雰囲気に、私は胸を鷲掴みにされたのです。

一瞬で先斗町のファンになった私ですが、初回は夢見心地のまま通り過ぎてしまったので、あらためて冷静な目で観察し、取材したいと、日中に先斗町へ赴きました。
京阪祇園四条駅から四条大橋を渡り、右手見える交番を過ぎると先斗町があります。
夜に通り抜けた時は気付けていなかったのですが、懐石料理、焼き鳥屋、水炊き屋、イタリアン、お好み焼き屋、バーと様々な種類の飲食店が軒を連ねています。
まだ白塗りしていないおつとめ前の芸舞妓さんの姿や和服姿のご婦人の姿も見掛けました。ごく普通に着物姿の人たちが行き交う姿には感動しました。

ランチをやっている店の中に、カフェのみも歓迎という張り紙を見付けて、私は足を止めました。
食事はハードルが高いですが、コーヒーを飲むくらいならば……。
意を決して暖簾をくぐると、鴨川に面したカウンター席があり、たまたま空席があったので、そこに座ることができました。
ふと視線を上げると、鴨川の水面は陽に反射してきらきらと輝き、大きな白鷺はまるで川の案山子のように静かにたたずんでいます。

その様子を眺めながら、私はノートを開いて思いついたことを書き留める。
当時はデビューして間もない頃で、取材やネタさがしに肩の力が入っていました。
あの頃、雑誌を眺めながら、あそこに行ってみたいと想いを馳せた場所で、私は今コーヒーを飲んでいる。
そう思うと少し不思議で、とても幸せな気持ちになったのでした。

そうそう、先月、著作『京都寺町三条のホームズ(双葉文庫)』シリーズの⑰巻が発売されたのですが、先斗町も出てきます。読むと先斗町を疑似体験できるかも?
もう一作、著作の宣伝なのですが、9月18日に『わが家は祇園の拝み屋さん(角川文庫)』⑭巻が発売されます。
どうぞよろしくお願いいたします。

わが家は祇園の拝み屋さん 14(角川文庫)

画像素材:PIXTA

この記事を書いた人
望月麻衣
 
京都在住の道産子。もの書き。 『京都寺町三条のホームズ』(双葉社)『わが家は祇園(まち)の拝み屋さん』(KADOKAWA)『京洛の森のアリス』(文藝春秋)『太秦荘ダイアリー』(双葉社)など書籍発売中。  
 

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