ここからしか見えない京都
  
城塞の役割を持つ二条城の正門、東大手門には、衛士が詰める櫓(やぐら)が設けられた

狩野派の障壁画で彩られる二条城

元離宮・二条城は関ヶ原の合戦後、天下を治めた徳川家康が、天皇が住む京都御所の守護のために、また将軍上洛時の宿泊所として造営した。3代将軍・家光の時代には、()水尾(みずのお)天皇行幸のため大規模な改修、拡張工事が行われ、本丸や天守が完成、二条城は現在の規模になったという。かの有名な15代将軍・慶喜の大政奉還は、二の丸御殿の大広間一の間で行われた。実はこの一の間は、将軍の威光を示す特別な造りになっている。二の間よりも一段高くなった主室には、鎮座する将軍の背後に床の間、違棚(ちがいだな)帳台構(ちょうだいがまえ)(つけ)書院という4つの座敷飾りが並べられ、障壁画の大きな松が頭上にかかる位置に枝を延ばし、将軍を守るかのように描かれている。

将軍の威厳を感じさせる造りになっている大広間の一の間

二の丸御殿の別の部屋にも、幕府御用絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)率いる狩野派一門が、大改修の際に総力を挙げて制作した障壁画が数多く残されている。車寄せから続く来殿者控えの棟「遠侍(とおざむらい)」の柳の間には四季の植物、そして三の間から一の間には、将軍の威厳を感じさせる迫力ある虎が描かれている。大広間・四の間の「(まつ)鷹図(たかず)」は二の丸御殿でもっとも有名で、巨大な松と勇壮な鷹は狩野(さん)(らく)の筆といわれる。徳川家に近い大名や位の高い公家、僧侶など限られた人だけが将軍と対面できた「黒書院(くろしょいん)」は、探幽の弟、(なお)(のぶ)が担当したといわれる。三の間の障壁画は冬景色、二の間の春景色、一の間は二の間と趣の異なる春の景色が広がる。これは一の間に鎮座する将軍が、春の移ろいを感じられるよう配慮されたもの。

二の丸御殿の正門にあたる唐門(からもん)も、2013年の修復工事で往時の姿に戻った。長寿を意味する鶴や松竹梅、聖域を守護する唐獅子など精密で色鮮やかな彫刻も見ものだ。

切妻造(きりづまづくり)、桧皮葺(ひわだぶき)の四脚門(よつあしもん)の唐門。改修により彫刻が美しい極彩色に戻った

制作著作:KBS京都 / BS11

【放送時間】
京都浪漫 悠久の物語
「世界遺産・二条城~徳川将軍家の威光を示した歴史的大事業~」
2022年9月26日(月) よる8時~8時53分
BS11(イレブン)にて放送

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