ここからしか見えない京都
  

三回目「京都の夏は日本の夏?」

 北海道出身で、夫が転勤族だったので、私は全国さまざまなところを見て歩くことができました。
どこへ行っても感じたのは、「ある日突然、まるで昨日までが夢であったかのように季節が変わることがある」ということ。
北海道では「急に冬になった」という経験ばかりでしたが、京都では「急に夏になった」と感じることが多いです。
じめじめとした日が続き、湿度は高いけれど暑すぎるということもないかな、と思っていると、どこからともなく響き出す蝉の声。それが合図かのごとく、灼熱の太陽が照り付ける猛暑になります。
天気予報を確認すると、数日前まで続いていた傘マークの行列はなくなり、真っ赤な太陽マークがずらり。
いよいよ、夏も本番です。

 夏といえば、まずは祇園祭でしょうか。

祇園祭 山鉾巡行

 7月の京都は祇園祭一色です。
さて、この祇園祭、期間はいつからなのか――。
本番と言われるのが、17日の山鉾巡行だそうですが、7月1日からすでに祭りがスタートしているのです。吉符入り、くじ取り、鉾建て、お迎え提灯……といろいろな準備や行事があるのですが、私の胸が高まるのは、山鉾が建てられたあと。
私は宵々山(前々夜祭)、宵山(前夜祭)がとても好きです。

宵山

 コンチキチンのお囃子が流れるなか、照らされる山鉾の提灯の明かり。
その美しくも幻想的な光景を眺めていると、まるでいにしえにタイムスリップし、別世界に迷い込んでしまったような不思議な感覚になるのです。
また、祇園祭にちなんで京都らしいなと感じたのは、義母に教えてもらった風習です。
「お中元は祇園祭が始る前には届くようにするんやで」
義母の言う祇園祭は、巡行日のこと。
これが京都の暗黙のルールなのか、義母周辺の話なのか分かりませんが、祇園祭の巡行が終わると、盛り上がっている気持ちが一段落がついたようなムードになるもので、その前にという心配りなのかもしれません。

 しかし、7月の祇園祭が終わっても、京都の夏はまだまだ終わりません。
夏真っ盛りの8月、『五山の送り火』があるのです。

五山送り火

 この五山の送り火、京都に来るまでは『大文字焼き』と認識していました。
北海道のニュースでは「京都では、大の字が点火されました」と大文字山の映像が流されていて、それしか観ていなかったためです。
「おお、京都の大文字焼き。いいなぁ、風情があるなぁ」なんて思っていたのですが、夫にそのことを伝えると、「大の字だけやあらへん、『五山の送り火』や」とぴしゃりと言われました。これは夫だけの話ではなく、京都で五山の送り火を「大文字焼き」と言うと少し強めに指摘されるとがあります。
生まれも育ちも京都の友人に訊ねると、「そやで。そら言うたらあかんやつやし」と言ってました。
五山とは、大、法、妙(ですがこの二字は「妙法」と一字として扱われる)、舟形(マーク)、大(左と呼ばれる)、鳥居(マーク)があり、順に点火されるのです。

 京都に移り住んだ年の8月16日、私は高野川の河原から大と法の字を眺めることができました。
二十時に大文字山から順番に点火されて、五山は炎の文字を掲げて、『お精霊(しょらい)さん』と呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届けるそうです。
京都にいにしえから続く夏の風物詩。
伝統が日常の中に息づいている。京都の素晴らしさはここにあるのだと感動しました。
そしてなぜかその光景は遠く離れた北海道で生まれ育った私にも不思議と「懐かしさ」を感じさせるのです。
京都は日本人の心のふるさとなのかもしれませんね。

 蔓延する疫病が一日も早く落ち着き、多くの人が京都に心の里帰りができるようになりますように。
五山の送り火を眺め、胸を熱くさせた夜を思い起こしながら、私は心からそう願うのでした。

画像素材:PIXTA

この記事を書いた人
望月麻衣
 
京都在住の道産子。もの書き。 『京都寺町三条のホームズ』(双葉社)『わが家は祇園(まち)の拝み屋さん』(KADOKAWA)『京洛の森のアリス』(文藝春秋)『太秦荘ダイアリー』(双葉社)など書籍発売中。