ここからしか見えない京都
  
長刀鉾の前面に立ち、扇子と掛け声で指揮をとる音頭取© Kyoto Broadcasting System Company Limited. All Rights Reserved

2年ぶりの山鉾登場 祇園祭に宿る、災厄に屈しない町衆の心

釘を使わない山鉾組み上げ、技継承へ17基が部分復活

7月の四条通に、2年ぶりに長刀鉾(なぎなたぼこ)が姿を見せました。コロナ禍のため昨年は山鉾(やまほこ)建て・巡行が中止に。今年は技術継承のため、山鉾の花形である長刀鉾をはじめ、全33基のうち17基で山鉾建てが行われました。道ゆく人が次々と足を止め、天高く立つ真木(しんぎ)を見上げます。頂点に飾られているのは大長刀。平安時代の刀工・三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)が、まな娘の病気平癒を願って鍛えた大長刀が由来です。

技術継承のため、2年ぶりに鉾建てが行われた長刀鉾。© Kyoto Broadcasting System Company Limited. All Rights Reserved

釘を一本も使わず、木組みと縄だけで最大12トンに及ぶ山鉾を組み上げるには、実際にやって見せることが不可欠。作事方(さくじかた)と呼ばれる鉾建ての男衆も年々高齢化が進み、年に一度しか行わない山鉾建てに空白を作ることは、技術の継承に大きな影響をもたらします。そのため、今年は山鉾建てと試し曳(び)きが行われたのです。

「写真を撮ったら、すみやかにお進みください」。鉾の周りでは警備員のアナウンスが響き、観衆はみな名残惜しそうに立ち去りますが、その顔はどこかうれしそう。

「縄がらみ」という技法で、釘を使わず縄だけで木材を組み上げる。真木が立つと拍手が© Kyoto Broadcasting System Company Limited. All Rights Reserved

祭りに携わる男性は、こう語ります。「簡単に言うとお正月(を迎える)みたいなもんです。7月がきて祇園祭が終わったら『ああ一年が終わったな』と思う」

まさに、鉾を眺める人々の表情には「京都の夏がやってきたな」という思いがにじんでいます。そのしるしに、不思議なことに例年、おてんとさまが山鉾巡行を見届けたかのようにそれが終わると梅雨が明け、本格的な夏がやってくるのです。

山鉾は「動く美術館」、神輿の道を先に清める「巡行」

ところで、山鉾がなぜ、京の街を巡行するかご存じでしょうか?

豪壮華麗な鉾と曳き山が都大路を進む光景は、祇園祭のハイライト。御神輿(おみこし)のようなものと思っている観光客も多いですが、それは違います。神様ののりものである神輿は、前祭(さきまつり)の巡行の後、八坂神社から四条御旅所に渡御(とぎょ)し、後祭(あとまつり)の巡行を経て、八坂神社にかえります。つまり、山鉾巡行は神様の通り道を清めるための壮大なパレード。お囃子(はやし)や装飾品で疫病や厄災を引き起こす悪霊たちをひきつけ、清められた道で神様をお迎えしようというわけです。都(みやこ)じゅうの厄を集めた山鉾は、巡行後すみやかに解体されます。

長刀鉾の前面に立ち、扇子と掛け声で指揮をとる音頭取© Kyoto Broadcasting System Company Limited. All Rights Reserved

「小さいころから、祇園祭が楽しいて楽しいて待ち遠しかった。町のなかは一つも騒がしいのうて(騒がしくなくて)、ただお囃子の音がずーっと夜じゅう聞こえてました」と語るのは、京都生まれの日本画家・上村淳之(あつし)さん。2014年に約150年ぶりの復興を遂げた大船鉾の格(ごう)天井画を、今も制作中です。「(依頼が来たとき)『俺そんな年いったんや』と。自分の表現のスタイルをここで完結したいなあと思ってお受けしたんです」

数百年前の舶来の染織物がこんにちまで大切に受け継がれ、「動く美術館」とも呼ばれる山鉾。その一方で、上村さんの集大成の絵を待ち望む大船鉾のように、懸装品(装飾)が現代の芸術家や職人の手によって新調されることも、テクノロジーの力で修復や複製が行われることもあります。祇園祭は、現在進行形で今も進化し続けているのです。

「神人和楽」 200年の時を越え、鷹山が来年復活予定

来年、約200年の「休み山(天災や戦乱などで巡行不能となっていた山鉾)」を経て復活する予定の、鷹山(たかやま)。絵画や文献を頼りに山の復元を進めつつ、途絶えていた囃子曲は、長年北観音山の囃子方を務めていた西村健吾さんの尽力により、北観音山のお囃子をアレンジして作られました。

鷹山(たかやま)の囃子方で鐘を体験する、俳優の鶴田真由さん。囃子曲の音色はぜひ番組で聴いてほしい© Kyoto Broadcasting System Company Limited. All Rights Reserved

囃子方には町内の子どもたちが「参加したい」と名乗りをあげ、練習に励みます。先述の日本画家の上村さんは、こんなことも言っています。「お囃子のお稽古なんかを聞いてると、伝承いうんはこういうことかと思う。おじいちゃんが我が子に教えるように(愛情を持って)教える。だから、伝わる」

山鉾行事は、それぞれの町が競うように「町の宝」を飾り、にぎわう見物客を楽しませようと趣向を凝らし、人から人へと手を取り汗を流して伝えられてきた、京の町衆文化の結晶です。祇園囃子の「コンチキチン」と絢爛(けんらん)にきらめく山鉾、夢心地のお宝に吸い寄せられる悪霊たち、町衆の汗と涙と笑い声、町に降りてくる神様…。そんな光景を想像すると、喜怒哀楽も、夢も現実も、あの世もこの世も混ざり合うような不思議な高揚感に、胸が高鳴ります。神様をもてなし、自らも大いに楽しもうとする「神人和楽(しんじんわらく)」の心に、祭りは支えられてきたのではないでしょうか。

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千年の歴史を持つ祇園祭にも、大火や戦災で途絶えたことがありました。しかしそのたびに、祭りは町衆によって復興されてきたのです。今年、建てられた山鉾は、疫病退散の意味を持つ祇園祭を「疫病によって途絶えさせてたまるか」という、町衆の決意のように思えます。2年ぶりの輝く山鉾の姿に、悪霊たちも少しは目がくらんだかもしれません。

【放送情報】
2021祇園祭スペシャル~次世代へつなぐ技と心~
2021年8月15日(日)よる8時00分~9時00分
BS11(イレブン)にて放送

この記事を書いた人
大橋知沙 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelより転載
(掲載日:2021年8月6日)

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