ここからしか見えない京都
  

六回目「世界で一番行ってみたかったところ」

作家デビューしてからインタビューを受けることが多くなりました。
その際によく聞かれるのが、「京都で一番好きな社寺はどこですか?」という質問です。
好きな社寺はたくさんあるので、私はいつも返答に困ります。
ですが、「京都で一番好きな景色はどこですか?」と聞かれたら、すぐに答えられます。
「八坂の塔が見える景色が大好きです」
二年坂から三年坂(産寧坂)に続く道の途中にある法観寺の八坂の塔。そこが、私にとって特別になったのは、初めて見た時の衝撃が強かったからだと思います。
京都へ移り住んで、私は八坂神社を参拝をし、そのまま清水寺に向かおうと、八坂神社の南楼門を出て道なりに歩くと八坂庚申堂が突き当りに見えてきます。そこを左へ曲がると、それは、突然視界に入ってきました。

観光客で賑わう楽しい道なりの中に現われた荘厳な五重塔。
そう、八坂の塔です。
突然、目の前に現われた塔を前に、私は思わず足を止めるほどに驚きました。
それから、私にとって八坂の塔 は特別な存在となりました。著作『京都寺町三条のホームズ』四巻にもこのエピソードを組み込んでいます。

目にするたびに「素敵だな」と思い、高台寺近くにあるレストラン『ひらまつ』や、ホテル『青龍』のバーといった、八坂の塔を眺められる飲食店にも好んで行っていました。
そうだというのに、私は最近まで「八坂の塔の中に入れる」ということを知らなかったのです。
すぐにでも行きたい!と思ったのですが、残念ながらコロナ禍で拝観ができなくなっていました。

ちょうどその頃、ラジオに出演させていただき、
「望月さんが今、『一番行きたい場所』はどこですか?」
と問われた際、
「八坂の塔の中に入ってみたいです!」
と、即答したほど。
この時は、世界のどこよりも行ってみたいと思っていた場所でした。

そうして、京の町に活気が戻りつつある11月3日の文化の日。
私は『世界で一番行きたかった場所』、八坂の塔に入ってきました。

ずっと閉じていた小さな門が開いているのを見た時の感激ときたら、言葉にできません。
受付で確認すると、二層目まで上れるとのこと。胸を弾ませながら、境内に足を踏み入れ、塔の中に入口に向かうと、正面には柱を囲むように仏像がありました。

上らせていただきます、と参拝をして、いざ上階へ。
見ると、階段が急です。以前南禅寺の三門を上る時も急な階段に尻込みしたのですが、その比ではなく、まるではしごのように幅が狭いです。

足をかけるほんの少しぐらついて、心もぐらつきましたが、下を見ないように登ってみました。
中央には『心柱』という太い柱が一本、直立していて塔を支えています。
二層目まで上がると、窓ごしに町並みを少し覗き見ることができました。

塔を出て、仰ぎ見ると八坂の塔がそびえています。陽の光に照らされ、色付き始めた葉と共にありました。
いつも少し離れたところから見て、うっとりと眺めてきましたが、間近に見る八坂の塔はまた迫力があり、素晴らしかったです。

話に聞くと、その昔は上まで登れていたそうです。今は二層目までしか登れないのは、安全性を考えてのことなのでしょう。
もしかしたら、あと数年も経てば、登ることすらできなくなるかもしれません。
このような重要文化財の中に入ることができる。
それは奇跡的なことかもしれません。
皆さんもぜひ、ご興味がありましたら、一度八坂の塔の中に入ってみてください。おすすめですよ。

(※ 中学生未満は拝観できないのでご注意ください)

この記事を書いた人
望月麻衣
 
京都在住の道産子。もの書き。 『京都寺町三条のホームズ』(双葉社)『わが家は祇園(まち)の拝み屋さん』(KADOKAWA)『京洛の森のアリス』(文藝春秋)『太秦荘ダイアリー』(双葉社)など書籍発売中。