ここからしか見えない京都
  
© KBS京都/TOKYO MX/BS11

祈りは祭りに、文化になる 古都を潤す「水」、京料理からコーヒーまで〈前編〉

信仰と文化を育んできた古都の水脈

街の東を流れる鴨川の風景が、桜、新緑、納涼床、紅葉、そして雪景色へと、うつろいゆく様子は京都の四季そのもの。街の各所にはこんこんと名水が湧き、神輿(みこし)洗い、御手洗(みたらし)祭、水みくじといった水にまつわる神事も数知れず。水は、河川の氾濫(はんらん)や疫病をもたらさぬよう鎮め祀(まつ)る存在であったと同時に、豊かな文化と暮らしを育む資源でもありました。

国宝に指定された八坂神社の本殿は、広さ約1322平方メートル、高さ15メートル以上。本殿と拝殿、いくつもの部屋を一つの大きな屋根で覆う独特の内部構造を持つ© KBS京都/TOKYO MX/BS11

2020年12月、国宝に指定された八坂神社の本殿。「祇園造り」と呼ばれる複雑な内部構造を持ち、神社本殿建築としては日本最大級の規模を誇ります。この場所に本殿が築かれたのは、平安京の真東に位置し、青龍(せいりゅう)の宿る龍穴があるという伝説から。事実、八坂神社の地下には水脈が走り、境内では各所から御神水が湧き出ています。龍の正体は、この水脈でしょうか。

八坂神社境内には、御神水が湧く摂社も。こちらは「大神宮社」の力水© KBS京都/TOKYO MX/BS11

八坂神社だけでなく、錦市場や梨木神社など名水の湧くスポットは市内にいくつも点在します。料亭や喫茶店の店主や茶人が、名水の井戸に水をくみに訪れる姿を見かけることもしばしば。祇園で約70年続く「祇園喫茶 カトレヤ」でも、八坂神社の御神水と同じ水脈の水でコーヒーをいれているといいます。ほのかに甘みがあるまろやかな軟水は、京都の繊細で豊かな食表現をかなえてきた、まさに縁の下の力持ちなのです。

八坂神社の御神水と同じ水脈の水でコーヒーをいれる「祇園喫茶 カトレヤ」。店内にはかつて使われていたという井戸も残る© KBS京都/TOKYO MX/BS11

季節との、味覚との一期一会を貴ぶもてなしの心

だし、豆腐、漬物、和菓子、日本酒にコーヒー。京都の食文化をひもとけば、それらの成熟に、水の味が重要な要素となってきたこともうなずけます。

「祇園さゝ木」主人・佐々木浩さん。カウンター割烹(かっぽう)のスタイルを通して「お客さんが店を育ててくれる」と語る© KBS京都/TOKYO MX/BS11

祇園で最も予約の取りにくい星付き料亭として知られる「祇園さゝ木」。主人の佐々木浩さんは、カウンターを「料理人と客のキャッチボールの場」と話します。「芋名月」とも呼ぶ十五夜(中秋の名月)の季節には、芋の葉をうつわに見立て、多彩な食感と香りをちりばめた先付けを。

「祇園さゝ木」コース料理より、先付け「すすめ魚の前菜」。秋ナスの田楽、枝豆のかき揚げ、南瓜(かぼちゃ)の茶巾絞りなど、暑さが残りつつも秋の気配を感じる季節を表現した一皿© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「やっぱりだしが一番。まだ暑いですから、あえてアマダイのだしは入れずにすっきりとすまし汁で」と仕立てた椀(わん)物には、青ユズを散らします。ふわりとかぶせた芋の葉を開くこと、椀のフタを開けて香り立つユズがまだ青いこと。そうしたこまやかな気遣いが、料理を通して季節のあいさつを交わすような交流を生みます。

「祇園さゝ木」コース料理より、お椀「甘鯛(アマダイ)の酒蒸し」© KBS京都/TOKYO MX/BS11

京都・大阪を対象としたミシュランで三つ星を獲得した経歴を持つ名料亭「菊乃井(きくのい)」がプロデュースするサロン「無碍山房(むげさんぼう)」は、深みのある濃い抹茶のパフェや作りたての本わらび餅が名物。ここでは、デザートを作るのもパティシエではなく料理人。京料理の技法や文化に精通した料理人が、抹茶をたて、小豆を炊いて餡(あん)を作り、わらび餅は提供直前に練りあげて作るというスタイルで、もっともおいしい瞬間でもてなします。

本わらび独特のコシと作りたての温かさが自慢。「無碍山房」の「できたて本わらび餅」© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「料理人が作っているスイーツですので、まさに店名の通り“何事にもとらわれず”、和食の技法を使ったりしながらパフェを作らせていただいています」と料理長の平井友浩さんは話します。

すべての素材を料理人が手作りする「無碍山房」のスペシャリテ「濃い抹茶パフェ」。四季折々の庭園の風景とともに味わいたい© KBS京都/TOKYO MX/BS11

カウンターの向こうに広がる苔(こけ)むす庭園と、洋画家・中川一政がしたためた「無碍山房」の書をはじめ店内を彩る調度品は、まるで茶会で亭主が客人をもてなすかのよう。その季節、その場所、その瞬間でしか味わえない一期一会の喜びを、料理人は心を尽くしてもてなす。京都の食文化を成熟させてきたのは、豊かな水の恵みに加え、創意工夫を凝らしてきた人々のおもてなしの心です。

※〈後編〉へつづく

【配信情報】
京都画報 爽秋・開運の名所を訪ねて
BS11オンデマンドで配信中
(2021年10月6日 よる9時まで)

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelより転載
(掲載日:2021年9月29日)