ここからしか見えない京都
  
祇園のランドマーク・八坂の塔(五重塔)にほど近い路地にたたずむ、八坂庚申(こうしん)堂(大黒山金剛寺)
© KBS京都/TOKYO MX/BS11

祈りは祭りに、文化になる 古都を潤す「水」、京料理からコーヒーまで〈後編〉

※〈前編〉からつづく

くくり猿に青面金剛、戒めを表す信仰のかたち

祇園祭の舞台でもあり、屈指の観光地でありながら、目も舌も肥えた粋人(すいじん)の遊び場。祇園にはいくつもの顔があります。近年「SNS映え」スポットとして注目を浴びる、八坂庚申(こうしん)堂もその一つ。境内に無数につるされた、色とりどりの手まりのようなものは「くくり猿」。カラフルな見た目でフォトスポットとして人気を集めますが、手足をくくられた猿にはこんな意味があります。

八坂庚申堂の境内には無数の「くくり猿」が。カラフルな見た目でフォトスポットとしても人気を集める© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「人間の心が常に動き回っている。それをお猿さんに例えている。お猿さんも動き回っていますよね?  動き回る心をコントロールして、成すべきことをかなえる(よう努力する)。そしたら本尊さんも『努力してるんやから助けたろか』となるわけです」

八坂庚申堂住職・奥村真永さん。穏やかな関西弁が親しみやすい© KBS京都/TOKYO MX/BS11

そう話す、住職の奥村真永さん。絵馬のようにくくり猿に願い事を書き、つるすと、ご本尊の使いである猿が願い事を言付けてくれるというわけです。華やかなビジュアルに反して、手足をくくられた猿が示すのは浮つく人の心への訓戒。60年に一度しかご開帳されないという八坂庚申堂のご本尊「青面金剛(しょうめんこんごう)」も、その御前立(おまえだち)を見ると、人間への戒めを体現するような姿かたちをしています。

「怖い顔、おどろおどろしい姿をしています。これらはすべて、悪いことをしそうな人たちに『やったらあかんよ』と伝えてくれているんです」(奥村さん)

非公開の秘仏の前に、代わりとして安置される御前立。「青面金剛」はドクロの首飾りや虎の腰巻きを身につけ、武器を手にしている© KBS京都/TOKYO MX/BS11

今宮神社(北区紫野)の摂社「疫社(えきしゃ)」でも、疫神を鎮めるための社がありました。神や仏は必ずしも、慈愛と救いに満ちた姿をしているとは限りません。水がさまざまな恵みをもたらす一方で厄災を引き起こすこともあるように、福と禍は表裏一体。京都に伝わるさまざまな祭りや信仰のかたち、多彩で豊かな文化芸術を見つめると、そこには必ず、自然や神や精霊といった、目には見えないものへの畏怖(いふ)の念があります。

祈りを伝統と文化に進化させてきた、町衆の心

山鉾(やまほこ)巡行の7月17日の夕方行われる「神幸祭」。八坂神社本殿に鎮まる、三基の神輿(みこし)が御旅所へと渡御する。写真は過去のもの© KBS京都/TOKYO MX/BS11

祇園祭では7月10日と28日に、鴨川の水をくみ上げ神輿を清める「神輿洗い」という神事が行われます。三基の神輿が八坂神社から四条寺町の御旅所(おたびしょ)へと渡御するのが「神幸祭」、その一週間後、御旅所から再び八坂神社へと還幸(かんこう)するのが「還幸祭」です。これらの前後に行われる「神輿洗い」に、京の暮らしと文化になくてはならない鴨川の水が使われていること。京都の人々がいかに水を尊び、畏(おそ)れまつっていたかがうかがい知れます。

八坂神社の摂社「大神宮社」で御神水をくみ、お参りする人々© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「水」が京都の祭りや風習に深く関わり、豊かな食を育み、文化を成熟させていったということ。その背景を想像すると、祇園の街のにぎわいも、京料理のもてなしの心も、さまざまなかたちで受け継がれる信仰や風習も、地続きとなって見えてきます。神々や自然を敬いながら、街の人々が自らも楽しむことを忘れなかったからこそ、今日の京都の文化があるのではないでしょうか。古都をうるおす「水」の物語から、そこに宿る人々の知恵と和楽の心を感じてみてください。

かつては八坂神社の敷地内に店を構えていたという「祇園喫茶 カトレヤ」。時代やライフスタイルが変わっても、古都の水の恵みを生かす人々の営みは続く© KBS京都/TOKYO MX/BS11

【配信情報】
京都画報 爽秋・開運の名所を訪ねて
BS11オンデマンドで配信中
(2021年10月6日 よる9時まで)

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelより転載
(掲載日:2021年9月29日)