ここからしか見えない京都
  
本家尾張屋を訪れる常盤貴子さん © KBS京都/TOKYO MX/BS11

京都には“見えない力”がある 老舗を守る人の思いと文化の奥行き

「御用蕎麦司」として。550年の歴史を持つ蕎麦屋

京都の街を歩いていると、和菓子屋の屋号に「御菓子司(おんかしつかさ)」と添えられた看板があることに気づきます。「司」はその道の専門職を意味し、「御」は宮廷御用達であることを示すもの。1465(寛正6)年に創業した「本家尾張屋」も、菓子屋として創業し、蕎麦(そば)を手掛けるようになってからは「御用蕎麦司」の称号を与えられた店の一つです。

「本家尾張屋」名物の「宝来そば」。室町時代、金箔(きんぱく)職人が部屋に散った金粉を集めるのに蕎麦粉を用いたことから、「蕎麦=宝来」といわれることに由来される © KBS京都/TOKYO MX/BS11

5段重ねの割子(わりご)蕎麦に8種の薬味を添えた「宝来そば」が「本家尾張屋」の名物。1段ごとにお好みで薬味を選び、自慢のだしをかけて味わいます。味の決めてとなるのは、京都の地下から汲(く)み上げる清らかな軟水。御所周辺にはいくつも名水スポットがあり、御所御用達の蕎麦も和菓子も、だしや豆腐といった京都を代表する食文化も、この水によって発展してきました。

かつては主に寺で作られていた蕎麦。やがて「練る・伸ばす・切る」の技術を持つ菓子屋が、蕎麦も作るようになったそう © KBS京都/TOKYO MX/BS11

「京都の地下水で、毎日ゆっくりと、職人が朝4時ごろから来て作っている特製のだしです」

そう話すのは、「本家尾張屋」16代目・稲岡亜里子さん。550年以上続く尾張屋の歴史の中で、初の女性当主です。老舗蕎麦屋の経営者でありながら、写真家としての顔も持つ稲岡さん。二足のわらじで活躍するそのスタイルは、これからの時代の老舗のありかたを体現しています。

「本家尾張屋」の歴史の中で初の女性当主である、16代目・稲岡亜里子さん。写真家としても活躍する © KBS京都/TOKYO MX/BS11

「本家尾張屋」の創業も、京都を争乱に巻き込んだ応仁の乱の前年。戦禍をくぐり抜け、菓子作りに加えて蕎麦を打ちはじめ、江戸時代には「御用蕎麦司」を務めるまでの名店となりました。戦が街をのみ込んでも、後継者が途絶えそうになっても、今、老舗や名店と呼ばれる京都の店では、そのたびに誰かが思いをつないできたのでしょう。

蕎麦菓子が伝える歴代当主の物語

菓子屋としてスタートした「本家尾張屋」では、現在も蕎麦粉を使ったさまざまな和菓子を作っています。13代目が考案し、以来代表銘菓として親しまれる「そば餅」は、素朴な蕎麦の風味と懐かしい甘さが身上です。

「甘さ控えめのお菓子が多いなか、お年を召された方とか、昔ながらの味を求めていらっしゃる方にはたまらないでしょうね」と常盤さん。「私もコーヒーとこのお菓子を一緒に食べるのが大好きで」と稲岡さんも笑います。

代表銘菓「そば餅」。蕎麦粉を使ったお菓子の先駆けと伝えられる © KBS京都/TOKYO MX/BS11

蕎麦を作る手順をそのまま菓子に仕立てたような「蕎麦板」は14代目、京都を代表するお菓子の一つとなった「蕎麦ぼうる」は15代目が考案したもの。「本家尾張屋」の蕎麦菓子は、歴代の当主が趣向を凝らし、みやこの人々を喜ばせようと腕をふるってきた店の歴史そのものです。16代目の稲岡さんも「ナンバーシックスティーン」というプロジェクトを立ち上げ、新作の蕎麦菓子を次々と発表しています。

本店に併設された「本家尾張屋 菓子処」では新旧の蕎麦菓子がモダンな空間に並ぶ © KBS京都/TOKYO MX/BS11

「本当に、見えない力に守られてここまで続いてきたお店なので……。御用蕎麦司という蕎麦屋としての歴史もありますし。これからもずっとおいしいお蕎麦を作って、蕎麦菓子も作って、より多くの人に喜んでいただけるお店にして守っていきたいと思います」(稲岡さん)

烏丸御池にある本店は明治時代初期に建てられた風格ある外観 © KBS京都/TOKYO MX/BS11

古都の地下深くに湛(たた)えられた清らかな水。戦災を生き延びた奇跡。人から人へと渡されるバトン。京都を取り巻く“見えない力”は今、「老舗」や「文化」という形となって、私たちに語りかけています。

■京都画報 第6回「御所文化の薫り」
放送後、BS11公式YouTubeチャンネルにて3月13日正午~2週間限定で見逃し配信中。
番組公式ホームページはこちら

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelに掲載
(掲載日:2022年3月16日)

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