ここからしか見えない京都
  
十輪寺の「なりひら桜」 © KBS京都/BS11

「なりひら桜」に逢いに、在原業平ゆかりの十輪寺へ

春になると、街のあちらこちらで風雅な桜を目にします。たくさんの桜の名所を擁する京都には、「名を持つ桜」が存在することをご存じでしょうか。

今回訪ねたのは、「京都夜桜生中継2022~その名が知られる桜物語~」(KBS京都とBS11にて3/30に生放送)のメイン舞台・十輪寺。850(嘉祥3)年に創建された天台宗の名刹(めいさつ)、十輪寺の「なりひら桜」。場所は都の西を意味する洛西です。洛中のようなにぎやかさはありませんが、平安京遷都以前は東山に対し、西山とも呼ばれるこの辺りが京の中心地。文化発信の地でもありました。

横になって観る!? ユニークな鑑賞方法

小塩山(おしおやま)の木立の中にひっそりと佇(たたず)む十輪寺は、こぢんまりとした山門をくぐると、すぐにお目当ての「なりひら桜」が目の前に姿を現します。

晩年、この地に隠棲(いんせい)したという在原業平(ありわらのなりひら)の名にちなんだ枝垂れ桜。業平といえば、かの古典文学「伊勢物語」に登場する「ある男」のモデルにもなった人物です。高廊下の屋根よりもはるかに高い樹高。まるで天を覆い尽くすような姿に息をのみます。

業平御殿と本堂を結ぶ高廊下と桜。貴族の菩提寺(ぼだいじ)らしい雅(みや)びやかな雰囲気が漂う © KBS京都/BS11

手招きするように風にたゆたう桜に誘われるように、次は寺の中へ。すると運良く、ご朱印にも描かれているさび柄の名物猫、序音(じょね)ちゃんとばったり! 心躍る気持ちで歩みを進め、桜が植わる庭へと向かいます。庭の名は「三方普感の庭」。高廊下、茶室、業平御殿の3カ所から観ることで、異なる印象を与える仕掛けが。ユニークなのが、業平御殿での“寝転び鑑賞”のすすめ。説明書きには「横になって手枕をすると眺めが違って感じられます」とあります。

実はこの庭には遠近法が採用されており、奥から手前に向かってなだらかな傾斜に。座敷にゴロンと寝転び、低い視点から眺める桜の姿は「天蓋(てんがい)の桜」とも称される美しさを誇ります。貴族たちも同じようにこの桜を眺めたはず。しばしの間、貴族になった気分で桜色の雨に浸ります。

桜色の花が雨のように降り注ぐ。寝転び鑑賞は寺公認なので、ぜひともお試しを © KBS京都/BS11

貴族によって守り継がれてきた桜

聞くと、当代の桜の樹齢はおよそ200年。泉浩洋住職によると、いく世代かの代替わりを経て、今日に至るといいます。それにしても、なぜ、平安京から遠く離れたこの地に桜が植えられたのでしょうか。しかも、名所と聞くと群生する桜を想像しますが、ここにある桜はたったの1本だけ。ますます、謎は深まります。

実は、「なりひら桜」の育ての親は業平本人ではありません。「後世の貴族の手によって植えられ、代々、大切に守られてきた桜なのです」と住職。平安後期以降、武士の台頭によって安泰と思われていた貴族の地位は危うきものに。そこで、天皇の孫でありながらも在原姓を与えられ臣下となり、晩年まで見合った位を与えられなかった亡き業平の供養を通じ、貴族の再興を祈ったのです。

子孫が特別な想(おも)いを込めて植えた桜。業平が眠る地に美しい桜を咲かせることで、風流人だった業平の心を癒やそうと考えたのでしょう。四方を囲まれた小さな庭に、ゆくゆくは大木になる桜の木を植えるということは、作庭の上では大変珍しいそう。十輪寺は応仁の乱によって創建時の伽藍(がらん)を焼失しましたが、右大臣の藤原常雅(ふじわらのつねまさ)によって再建されたことからも、貴族たちの切なる想いを見てとることができます。

桜に続き、フジとカキツバタが見頃を迎える5月に行われる「業平忌」では、住職が天台宗に伝わる手指の作法を元に考案した振り付きの声明(しょうみょう)と舞を奉納。貴族が集った寺の往年を偲(しの)ばせるような、雅びやかな法要が繰り広げられます。

業平の悲恋と桜を重ね合わせて

六歌仙(ろっかせん)のひとりで和歌の名手として知られた業平。容姿端麗、恋多き貴公子として知られ、情熱的な恋の歌も多く遺(のこ)しました。余談ですが、「源氏物語」の主人公、光源氏のモデルにもなった源融(みなもとのとおる)とは友人関係にあったそうです。しかし一方で、「伊勢物語」のなかでは想い人との駆け落ちが描かれるほどに、後に清和(せいわ)天皇の妃となる藤原高子(ふじわらのこうし)との恋に身を焦がしたのもまた、業平自身でした。境内の裏山にある塩竈(しおがま)には、業平が近くの大原野神社に参拝する高子のために塩焼き(海水を煮て塩を作ること)をし、紫色の煙を立ち昇らせたという故事が伝わります。

塩竈跡へと続く小道から眺めた「なりひら桜」。境内裏手には業平の墓も © KBS京都/BS11

春の風に所在を求めるように枝垂れる桜。眺めているとどこか、高子に想いを寄せる業平の姿のようにも見えてこないでしょうか。業平の和歌に、このような桜の歌があります。

「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」
(もしもこの世の中に桜がなかったら、もっとのどかに春が過ごせたことだろう。心を乱されることもないのだから)

桜とはすなわち、現世では決して結ばれることのない高子のこと。「この桜を観て、もののあはれ、心に残る妙味を感じてもらえたら」と住職は結びます。「をかし」とは趣の異なる、「あはれ」の美。美しいという単語だけでは言い尽くせない、しみじみと観る者の心に迫る桜です。

※夜間拝観は行っておらず、拝観は日中のみ。十輪寺のオフィシャルブログで随時告知される桜の開花状況を参考にご計画を

京都で数々の美しい桜を堪能

十輪寺の「なりひら桜」のほかにも、京都には固有の名前がついた桜が多く存在します。今回、BS11(イレブン)とKBS京都は3月30日(水)に「京都夜桜生中継2022~その名が知られる桜物語~」を放送し、京都でしか見ることができない美しい桜をピックアップします。

哲学の道の「関雪桜」 © KBS京都/BS11

銀閣寺から南禅寺の古刹(こさつ)をつなぐ哲学の道では、「関雪桜」と呼ばれるソメイヨシノが美しく咲き競います。約450本、およそ2キロにわたる桜並木は圧巻です。

大石神社の「大石桜」 © KBS京都/BS11

忠臣蔵で有名な大石内蔵助を祀(まつ)る山科の大石神社の境内には、ひときわ大きく咲き誇る「大石桜」があります。毎年4月には「大石桜」の下にお茶席を設け「さくら祭」が開催されている有名なスポットです。

仁和寺(にんなじ)の「御室(おむろ)桜」(撮影:橋本健次) © KBS京都/BS11

仁和寺境内にある桜の総称「御室桜」。境内の中門の左側に広がる桜苑は「御室有明」という特殊な種類で埋まり、この桜が一般的には御室桜と呼ばれています。その御室桜の散るころにだけ見られるのが通称「泣き桜」。仁和寺桜苑の北西角にある一本の桜の木で、御室桜の中でも特に開花が遅い1本です。新種ではないかとして近年注目されています。

千本釈迦堂の「おかめ桜」 © KBS京都/BS11

千本釈迦堂の名で親しまれる大報恩寺。本堂は応仁の乱の戦火を奇跡的に逃れた洛中最古の木造建築物で、国宝に指定されています。境内には大きなおかめ像とおかめ塚があり、その近くに薄紅色の花を咲かせる「おかめ桜」があります。「おかめ(阿亀)桜」は、本堂を建てた棟梁の良妻の物語に由来しており、千本釈迦堂はおかめ信仰の発祥地となって、縁結びや夫婦円満、子授けのご利益があるとされています。

そのほか、六角堂の「御幸桜」や墨染寺の「墨染桜」など、京都ならではの桜の名所を多数ご紹介しますので、お見逃しなく。

京都夜桜生中継2022~その名が知られる桜物語~
放送日時:3月30日(水)よる7時3分~8 時 53 分
※ BS11(イレブン)・KBS京都にて放送

出演者
ゲスト:西田ひかる(歌手・俳優)、川井郁子(ヴァイオリニスト)
司会:梶原誠(KBS京都アナウンサー)
解説:吉村晋弥(観光ガイド「京都旅屋」代表)

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この記事を書いた人
吉田志帆 ライター
 
左京区に住まう、京都歴20余年の“よそさん”。在学中より、関西のリージョナル誌を中心に活動。街場の小話から寺社仏閣まで、京都のあれこれを綴る。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelに掲載
(掲載日:2022年3月18日)

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