ここからしか見えない京都
  
まるで一枚の日本画のよう。古人も愛でた枯山水の庭を小書院から臨む(撮影:津久井珠美)

美しい夜の曼殊院門跡、一般公開は今年が最後に

叡山電鉄の一乗寺駅を下車し、参道である曼殊院(まんしゅいん)道を東へ。15分も歩くと街の喧騒(けんそう)は遠くなり、気づくと自然ゆたかな里山エリア。目をやると、秋空の下に所在なげな柿の木が1本。俳句の心得はなくとも、思わず一句、詠んでみたくなるような風景が広がります。そのまま緩やかな坂道を進み、額にじんわりと汗がにじむ頃、木立の奥に姿を表すのが勅使門。ここが本日の舞台、曼殊院門跡の正門です。

勅使門は天皇家のための門。拝観客の入り口は西側に

王朝文化の申し子による門跡寺院

曼殊院門跡は延暦年間(782〜806)、天台宗の宗祖である伝教大師最澄によって比叡山に建立された道場が起源といわれています。後の天歴年間(947〜957)に是算国師(ぜさんこくし)を開山に迎え、創建されました。

余談ですが、開山の是算国師は菅原家の生まれ。その縁もあって、以降、明治維新まで900年もの間、京都では“天神さん”の愛称で親しまれる北野天満宮を管理していたのは、この曼殊院門跡でした。新政府の神仏分離令によって分離されましたが、今もなお、北野天満宮との交流は続いているそうです。1656(明暦2)、八条宮智仁親王の第二皇子である良尚法親王が入寺。比叡山の山裾の同地に堂宇(どうう)が移され、後に門跡となる曼殊院の新たな歴史ははじまりました。

西日が差し込む薄暮の庭もまた風情がある(撮影:津久井珠美)

この曼殊院門跡には、別名があることをご存じでしょうか。それは、「小さな桂離宮」。良尚法親王の父、八条宮智仁親王は王朝文化の粋を極めた桂離宮の創始者。父の意思を継ぎ、桂離宮を完成に導いたのは兄の智忠親王でした。ちなみに、曼殊院門跡の北にある修学院(しゅがくいん)離宮を造営した後水尾上皇は良尚法親王の従兄弟にあたります。

絵師、狩野探幽(かのうたんゆう)を師に持ち、幼い頃から宮中で本物の美に触れてきた、生まれながらの文化人。こと造営においても圧倒的な美意識が発揮されたのは想像に難くありません。それを如実に表しているのが、寺の最深部に位置する大書院と小書院です。「桂離宮の新御殿」、「西本願寺の黒書院」と並び称される数寄屋風書院の名品。武家の美が足し算とするならば、公家のそれは“引き算”。粋を心得たなんとも公家らしい洒脱(しゃだつ)な空間に、菊の透かしの欄間や矢建ての引き手といった桂離宮と共通の意匠を見ることができます。

菊を大胆に配置した欄間。菊にはそれぞれに異なる加工が施されている(撮影:津久井珠美)
小書院の黄昏の間。左奥には10種類の寄木で作られた曼殊院棚が (撮影:津久井珠美)

一方で、造営前、最初に同地に持ち込まれたのは、今現在も大書院に掲げられている扁額(へんがく)だったといいます。そこには「塵慮儘(じんりょじん)」の三文字が。仏教用語とも漢詩とも違う組み合わせで出自はいまだ謎ですが、「身」、「口」、「心」を慎み、清らかな心であることを信条とする寺の在り方を表すものとして大切に守られてきました。

曼殊院門跡はこの3文字から始まった。「塵慮儘」の扁額 (撮影:津久井珠美)

美の神髄、「わび」「さび」を体現

曼殊院門跡は寺に王朝文化の粋を取り入れたと同時に、とある試みを実践した寺院としても知られます。その試みはというと、平安時代の勅撰(ちょくせん)和歌集「古今和歌集」の世界観の体現でした。良尚法親王は和歌集が奏でる精神世界に、美の神髄である「わび」「さび」を見出したのです。

書院の前に広がる庭園にも、その息吹を感じることができます。豪奢(ごうしゃ)な武家の庭、また質素な寺の庭とも趣が異なる、静謐(せいひつ)さのなかにも、ひとさじの優美さをたたえた公家好みの庭。滝から流れ出た清流が大海となるまでの様子を白砂で表した枯山水庭園で、小書院を海に浮かぶ一隻の舟に見立てました。また、鶴を表した樹齢400年の五葉松の根元にある曼殊院型のキリシタン灯篭(とうろう)を含む5つの灯籠には、天台宗の教えである「五時八教(ごじはっきょう)」の意味が込められています。

光に照らされ、浮かびあがる白砂の海に秋の虫の音色が響く (撮影:津久井珠美)

京都ではいわずと知れた、紅葉の名所。特別夜間拝観のきっかけは、現住職の松景崇誓(まつかげしゅうせい)さんが赴任して間もない、ある満月の夜でした。闇に包まれた庭に差し込む月の光。比叡山から吹き降りる霊気にも満ちた姿は、日中は感じることのできない幽玄の世界そのものだった、と振り返ります。「奥深い、この世界を皆さんにも感じていただきたい」。そのような想(おも)いから、曼殊院門跡の秋の夜間拝観はスタートしました。

灯かりの配線や設置は全て、松景住職の手によるもの。自然の月の光ほどの光量で照らす庭は、紅葉のライトアップと聞いて思い浮かべるエモーショナルな庭とは大きくイメージが違うことでしょう。しかし、闇の中に光を、寂しさや詫(わ)びしさの中に真の豊かさを感じる精神性それこそが、良尚法親王が追い求めた「わび」「さび」の世界なのです。

大書院からの景色。夜間拝観ならではの美しい陰影も見どころ (撮影:津久井珠美)

2005年の開始から16年間、秋の恒例行事として行われてきた夜間拝観ですが、松景住職の任期満了を機に終了することが決定。夜の曼殊院門跡の一般公開は、残念ながら今年が最後の機会となります。

「コロナ禍の影響もあり、今の日本人はどこか心が荒れているように感じます。この庭と向き合うことで、静かな気持ちを取り戻してもらえたら」

闇に見出すのは、暗澹(あんたん)ではなく、希望の光。切なる願いを胸に、最後の灯(あか)りをともします。

【放送情報】
京都紅葉生中継2021~古都を照らす希望の「光」~
2021年11月23日(火・祝)よる7時3分~8時53分
BS11(イレブン)・KBS京都にて放送

【出演者】
ゲスト:高島礼子(俳優)、押尾コータロー(ギタリスト)
進行:海平和(KBS京都アナウンサー)
レポーター:相埜裕樹 (KBS京都アナウンサー) 、佐藤由菜(KBS京都アナウンサー)
解説:井上章一(国際日本文化研究センター所長)

この記事を書いた人
吉田志帆 ライター
 
左京区に住まう、京都歴20余年の“よそさん”。在学中より、関西のリージョナル誌を中心に活動。街場の小話から寺社仏閣まで、京都のあれこれを綴る。  
この記事の写真を撮影した人
津久井珠美 写真家
 
大学卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。 2000~2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告など、多岐にわたり撮影に携わる。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelに掲載
(掲載日:2021年11月11日)