ここからしか見えない京都
  
東山・如意ヶ嶽(にょいがたけ)の斜面に浮かび上がる「大」の文字 © KBS京都/BS11

灯は先祖の霊を送る道しるべ 京の盆行事「五山送り火」

8月16日の夜、京都を囲む山々に炎で描かれた絵や文字が浮かび上がります。お盆に帰ってきていた先祖の霊――京都の人々が「オショライさん」と呼ぶ魂を、再びあの世へと送り出す儀式としてはじまった「五山送り火」。京都人が「送り火を見届けないと夏が終わらない」と口にするほど、暮らしに根付いた盆行事です。

コロナ禍のため2年連続で規模を縮小して実施されてきた「五山送り火」が、今年の夏、全ての火床に火を灯(とも)す本来の形で戻ってきます。16日の夜、BS11にて放送される「生中継!京都五山送り火2022」では、山々に浮かび上がる炎の文字を臨場感たっぷりにお届け。それに先駆け、番組で解説を務める、佛教大学歴史学部の八木透教授に、見どころや行事の意味、背景についてお話をお聞きしました。

「五山送り火」を代表する東山・如意ヶ嶽(にょいがたけ)の大文字。最初に点火されると、以後5〜10分おきに他の山に点火が続く(画像素材:PIXTA)

先祖の霊を送る火、今年は全て点灯予定

よる8時ちょうど、送り火の最初に点火される、東山・如意ヶ嶽の大文字。市内を見守るように堂々と裾野を広げる「大」の字は、「五山送り火」を代表する存在です。「大文字山」とも呼ばれる如意ヶ嶽(にょいがたけ)は、頂上の火床で登山客が昼食を食べたり、市内を一望したりできる、京都人の憩いの山。もっとも歴史の古い送り火として、こんにちまで送り火文化を牽引してきた存在です。

「(如意ヶ嶽の)大文字は他のすべての山から見える。でも他の山からはお互いが全く見えないんです。五山送り火連合会が発足するまでは、今のように点火時刻が決められておらず、それぞれの山がそれぞれのタイミングで点火していました。だから『大』が灯ったら『よっしゃ灯そか』という、すべての基準になっていたんだと思います」(八木教授)

如意ヶ嶽の大文字は京都のランドマークとして市民に親しまれる(撮影=津久井珠美)

江戸時代初期に始まったとされる送り火行事は、最初から山同士の連携やストーリーがあったわけではなく、地域ごとの信仰のもとで生まれ、育まれていったもの。文字や絵、点火までの風習や点火の仕方がそれぞれ異なり多彩なのは、村人たちの心に具体的に「見せたい人」がいたからだと、八木教授は話します。

「送り火って、不特定多数に見せようとして始まったんじゃないんです。それぞれ見て欲しい人がいるんですよ。京都全体の行事になっていくにつれて、より多くの人に、美しく見せようという意識が高まっていったんだと思います。でも元々は『ここ(地元)の人に一番きれいにみえように』と願って、創意工夫がされていったんじゃないでしょうか」

それぞれの村に、思い浮かべるオショライさんの存在があり、現世で見送る人たちがいる。昨年、「大」の字の主たる6点に点火したことも、伝統を絶やさないために規模を縮小しながらも、知恵を絞り創意工夫してきた送り火の精神の現れです。

山ごとに伝統を継承 続けることの意味

2年続けて一灯のみの点火だった「妙・法」「舟形」「左大文字」も、今年は全てが灯る予定です。松ケ崎妙法送り火は、「妙」「法」の二文字をそれぞれ同時に点火することが伝統の手法。「妙」が「法」の左に灯され、二つの文字は「妙」が先に、「法」が後世付け加えられたものであるといわれています。松ケ崎西山・東山が連携をとり、同時に二つの文字が浮かび上がる瞬間は注目です。

松ケ崎妙法送り火。「妙」は北山通、「法」は高野川堤防などから見える © KBS京都/BS11

「三途の川を渡る先祖の霊を送り届ける精霊船」という解釈もある、船形万燈籠(とうろう)送り火。船形万燈籠保存会の拠点となる西方寺では、8月に入ると精霊の迎え火となる高燈籠が立てられます。この迎え火、六波羅蜜寺で毎年8月8日から行われる「万灯会(まんどうえ)」や、盆の入りにオガラを焚く風習など、火で先祖の霊を迎える例は京都のあちこちで見られるもの。こうした火や灯りを使ったお盆の風習は、規模はさまざまですが日本の各地で行われています。日本人にとって、盆の時期に灯す火は、どんな意味があるのでしょうか?

「火は、ご先祖さまが帰ってくるしるし。よりしろのようなものなんだと思います。送るときも、火の力であの世に帰っていく、その道を明るく照らしてあげるんです」(八木教授)

船形万燈籠送り火。北山通などから見ることができる © KBS京都/BS11

左大文字送り火でも、一週間前から迎え火となる高燈籠が立てられます。金閣寺の北方に位置する大北山地区の人々が守る「左大文字」は、松明(たいまつ)行列という独特の風習があります。菩提寺(ぼだいじ)である法音寺の親火から移した手松明を持ち、行列を組んで山上へ向かうこの習わしは、ご先祖さまへ礼を尽くした送り方。コロナ禍で2年連続行列は中止となりましたが、左大文字保存会の人々が伝統行事にかける思いは、テレビでも密着取材で伝えられる予定です。

左大文字の山頂火床の様子。法音寺の親火から移された火が山頂まで送られ点火される © KBS京都/BS11

送り火の最後を飾る「鳥居形」は別名「火が走る送り火」とも呼ばれる独特の形態。点火時刻のよる8時20分ごろ、鳥居形松明保存会会長の太鼓の合図で、会員が一斉に松明を手に持って走り、各火床に突き立てるのです。他の送り火のようにあらかじめ火床に点火資材が準備されていないため、点火現場の緊張感は相当なもの。遠くから眺めていても「火が走る」様子がわかるはずです。

左大文字は大文字よりやや小さく、火床は53基。「大」の字は弘法大師の筆画に由来するという説が © KBS京都/BS11

「それぞれに灯し方が違うのは、どうすればより美しく、格好良く火を灯せるかということを追求した結果なんです。風流(ふりゅう=見る人を感動させるために趣向をこらすこと)の思想は京都独特のもので、祇園祭はその典型ですが、いろんなところにその精神が行き渡っているんでしょうね。送り火は『火の風流』と表現されたりします」(八木教授)

鳥居形松明送り火。昨年は2灯のみ点火され、2灯間で「火が走る」様子を見せてくれた© KBS京都/BS11

火は、先祖の霊を迎え、送る、道しるべ。一昨年、昨年と規模を縮小して灯された火は、送り火の原初の意味に立ち帰り、粛々と亡き人を見送ることを思い出させてくれました。今年、全灯となる送り火の姿が伝えるのは、大切な人を思うと同時に見る人にも感動を与える、風流(ふりゅう)の精神です。そして、火には重要な意味がもう一つ。

「火には『祓い』の意味もあります。室町時代から、戦などでたくさんの人が亡くなると火を灯してお祓いしてきましたから。『もし火が灯らなかったら、京都に何が起こるかわからない』とおっしゃる、保存会の古老の方もいらっしゃいます。火を灯し続けることで、人々の無病息災を願う。送り火は、そんな強い意志で灯されているんです」(八木教授)

京都を囲む山々に、6つの絵と文字が炎で描き出される瞬間。それは、亡き人の帰り道を明るく照らし、見送る人の心を揺さぶり、古都を厄災から守らんとする、決意の火です。途絶えることなく灯しつづけた火は、送り火の未来を支える大きな力となることでしょう。

※送り火の写真はイメージです

生中継!京都五山送り火2022
放送日時:
8月16日(火)よる7時3分~8時53分
※BS11(イレブン)にて放送

出演者
ゲスト:森口 瑤子(俳優)
解説:八木透(佛教大学歴史学部教授)
司会:遠藤奈美(KBS京都アナウンサー)
リポーター:相埜裕樹(KBS京都アナウンサー)、木村寿伸、久保恵佳

制作著作 KBS京都/BS11
番組公式ホームページはこちら

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelに掲載
(掲載日:2022年8月4日)

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