ここからしか見えない京都
  
© KBS京都/TOKYO MX/BS11

山に囲まれた京都、「箱庭の宝石箱」で培われる美意識

北と東西三方が山、自然を身近に感じる古都の暮らし

「京都は三方が山。道に迷ったら、ぐるーっと周りを見渡して山のない方角に背中を向けてみよし(みなさい)。山がないんは南だけ。そしたら北がわかる。覚えとくとええよ」

京都に住み始めて間もないころ、訪ねた店のどなたかがそう教えてくれました。スマホの地図アプリがあれば、そんな豆知識は必要ないとも思えます。けれど、小さな液晶の画面ばかり見ていた顔を上げて、街並みの向こうに広がる山々と向かうべき方角がぴたりと一致したとき、この助言のありがたさが身にしみました。平面だった地図が立体の景色となり、旅の人だった私が京都に暮らす人となる。京都の人は、山に囲まれたこの街を、箱庭のように自分のものにして歩いているのです。

北山、東山、西山に囲まれた京都。山の色が季節を伝え、盆地の気候が四季をくっきりと際立たせる© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「京都って、ちょっと家から外に出るだけで山が見えるんですよね。北と東と西、三方を山に囲まれて、常に自然を意識しながら暮らしているというのが、京都の人の暮らしぶりなんじゃないかなと思います」

華道未生流笹岡(みしょうりゅうささおか)の3代家元・笹岡隆甫(りゅうほ)さんもそう語ります。いけばなという、自然の素材を人の感性で表現する芸事の世界に身を置きながら、笹岡さんの言葉ににじむのは、まずありのままの自然に対するリスペクト。そしてそれを生かし、さまざまな分野へと美を展開してきた京都の文化への敬意です。

左から、俳優の常盤貴子さん、華道未生流笹岡の3代家元・笹岡隆甫さん、瓢(ひょう)亭の14代目当主・高橋英一さん。南禅寺そばの料亭「瓢亭」にて© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「京都を囲む山、これが一番元々の自然に近いものです。次にお庭。庭というのはある程度人の手が入った半自然。さらに建物の中に入れば、いけばなという究極まで人間の手が入ったものがある。この三つが重なりあっているものを我々は愛(め)でて、元気をわけてもらっているのかなと思います」

「瓢亭」の庭園はまさに「市中の山居」といった趣© KBS京都/TOKYO MX/BS11

東山を借景とした「白河院」の庭園や「京都市京セラ美術館」、創業400年を超える歴史を持つ「瓢(ひょう)亭」の空間と料理、自然の造形といけ手の表現が融合するいけばな……。さまざまな姿で立ち現れる京都の文化を、自然との関係性、人の手による創造性に目を凝らして見つめると、新たな発見がありそうです。

自然の美、人の手が加わる美、それぞれが高め合い

「瓢亭」の八寸に必ず入る「瓢亭たまご」。南禅寺境内の茶屋として始まり、今では京都を代表するミシュランの星付き料亭となった「瓢亭」の、茶店時代から出している名物です。

「今では何の変哲もない半熟卵なんですけどね。文献には『瓢亭たまごは形(かたち)丸くして骨なく』などと書いてありまして、老若男女みな『これを食悦(しょくえつ)す』と」

そう話す瓢亭の14代目当主・高橋英一さん。かつては南禅寺の参道にあり、客はここで草鞋(わらじ)を履き替えて参拝に向かいました。卵が貴重だった時代、栄養価が高く、老若男女に好まれる味をとことん追求したシンプルな一品は、当時の料理人の工夫のたまもの。400年の時を経ても色あせることはありません。

旬の食材をちりばめつつ、定番として八寸に必ず入る「瓢亭たまご」© KBS京都/TOKYO MX/BS11

秋草を持ち寄り、大胆な造形に秋の野の繊細さを表現した笹岡さんのいけばな。秋ならではの自然の色や優しいたたずまいに背中を押されるように、手を動かした先に広がる景色が作品となります。

「秋草は一つひとつが繊細で優しい色合い。我々はたくさんの花を使わない、引き算の美が基本なんですけれども、秋だけはたくさんの花を使いたくなってしまうんです」(笹岡さん)

色づきはじめた葉や秋草を巧みに組み合わせた笹岡さんの作品© KBS京都/TOKYO MX/BS11

自然の美、自然と人の手が調和した美、そして人の創意工夫が紡ぎ出す美。美のレイヤーがいくつも折り重なり、層になって、京都という一つの街の景色や文化を浮かび上がらせています。

「京都って狭いんですよね。三方が山なので、それ以上広がりようがない。その空間の中にいろんな文化の担い手がひしめきあって、ぶつかりあって、化学反応を起こしている。そんな街じゃないかなと思います」(笹岡さん)

「瓢亭」に向かう常盤貴子さん。雨の京都のしっとりとした風情がある© KBS京都/TOKYO MX/BS11

山の姿を道しるべに歩き、木々の色に季節を感じて、文化の香りに足を止める。京都の人々がそうするように街を歩けば、小さな箱庭は、無数の輝きを秘めた宝石箱のようにきらめきはじめることでしょう。

京都画報 京都の美意識
10月13日(水) よる8時00分~8時54分
BS11(イレブン)にて放送
放送後は、BS11オンデマンドにて期間限定で無料見逃し配信

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelより転載
(掲載日:2021年10月12日)